信頼できる人との出会いを

 不登校とかかわる自分は、当たり前であるが、「不登校」という言葉に敏感になっている。最近は、全国で不登校の保護者や元当事者が「不登校は悪くない」というような前向きなメッセージを発信したり、居場所が各地でできているなどの話題も増えてきたことは嬉しいことである。

 

 しかし、残念ながらこちらが暗くなる話題も多くある。6月は痛ましい事件が多くあった。全く予想も出来ないくらい突然で凶悪な事件は、ワールドカップで盛り上がる中でも多くの人に衝撃を与えた。そして、容疑者の成育歴などが報道されると「不登校」、「ひきこもり」などの言葉が多く見られた。自分は当然何でそんな報道の仕方をするのと不信感を感じてしまう。そして、不登校などの保護者の気持ちを考えると本当に切ない気持ちになる。

 

不登校の子どもは、学校に行けない自分の価値を予想以上に低くとらえることが多い。学校は行きたくないから行かないという子は、行く自信がなかったり、学校でうまく過ごす自信がなかったりすることが多い。だから、休んでいても苦痛を感じてしまう。そして、そんな子どもの様子を見ている保護者も同様に苦しく、先が見えない不安を抱える。苦しんでいる子どもに何をしてあげたらよいのか見えないことも多く、焦りを感じている保護者も多い。

 

そんな保護者が「不登校」だった子が事件を起こしたという話題はどのように伝わるのだろうか。ただでさえ、孤独な状況なのに周囲にどう思われているのかなど疑心暗鬼になってしまわないだろうか。そして、自分の子どもを信じているはずなのに「もしかしたら」という不安を抱えるという保護者の声を聴いたこともある。いつもは強い気持ちで子どもを支えている保護者だって、凶悪な事件を起こした容疑者が不登校だっただけで動揺してしまう。それは人間だったら仕方ないのではないかと思う。

 

専門家ではないので個人的な考えになるが、学校に通っていても、不登校でも、ひきこもっていても周囲が愛情を与え続けていたら優しく育つのではないかと考えている。優しい大人が見守って育っていれば、事件を起こすくらい追い詰められる前に相談に行けるのだと思う。信頼できる人と出会えていれば自分なりの人生を送れるはずである。だから、「不登校」とか「ひきこもっていた」経験ではないのだと考えている。