これからの社会

自分は中学高校とバレーボールをやってきた。バレーボールはシビアなスポーツで身長が特に大きくなければ、オリンピック選手になりたいなどという夢は見ることが出来ない。中学や高校の成長期が終わるころには自分の立ち位置が見えてしまう。 サッカーや野球、テニスなどに比べ競技人数が少ないものそのせいなのかと自分勝手な考えを持っている。

 

先日、ウイニングイレブンなどが2019年の国体の種目になるという記事を見た。自分のフリースクールに来る子たちもゲーム好きが多いので、最近、eスポーツについて話題になることが多くあった。

 

昔は、運動神経がよい人と悪い人には絶対的な壁があり、努力だけでは乗り越えられないものという気持ちが大きかった。もちろん、プロの選手くらいのレベルになると努力なしに成功はないのだろうと予想できるが、中学生や高校生のレベルなら体格と共に運動神経はどうしようもないものとしか考えられなかった。

 

しかし、今回eスポーツが国体の種目になるということで、自分のイメージだが、運動神経や体格というハンデなしに誰でも競い合える種目が出来るという嬉しさというか今更出れないのに可能性を感じてしまう。(笑)運動神経や体格だけでなく、都会でも田舎でも、若くても高齢者でも同じステージに立てるし、それこそ、練習試合にいく時間も交通費もかからず、世界中の人とつながり競い合えるのである。

 

しかし、フリースクールの子どもたちにも多い、トップでなければという思考は、現代だからこその課題に感じる。現代の子は、例えば中学校で1番でもクラスで1番でもで単純に喜びを感じることが出来た時代とは違い、どんなにレベルを上げても上には上がいるという悲しい現実を小さいころから受け入れて育ってきたのであろう。いつまでも肯定感や安心感を感じることより、まだまだという気持ちが残る。ここに情報化の負の面を感じてしまう。 子どもらしくちょっとのことでも得意げに笑っている子どもをもっと見たい気もする。

 

これからの社会はよりフラットな社会になるのではないか。言語を同時通訳できるAIが開発されたり、移動時間が短縮されたり、VRで格安に海外にも行けるようになったり・・・。もちろん、人口の数パーセントは巨大な資本を握っているだろうが、そんなに悪い世界でもないかなと感じている。もちろん勝手な妄想でしかないけど、妄想でも将来を明るく感じることが出来るのは小さな幸せではないか。

 

一方で、子どもがeスポーツの選手になりたいと言ったら、保護者はどのように感じるだろうか。野球やサッカー少年のように熱心に応援するだろうか。個人的にはそうした保護者に増えてほしいという想いはあるけど、少し時間がかかるのではないか。最近子どものなりたい職業でも上位にあがるユーチューバーの反応も似てるようで、いろいろな意見があることが検索するとわかる。体を動かすスポーツには健全なイメージがある。しかし、最近は、そんなスポーツが持っている健全さを裏切ってしまうニュースが多いのは個人的に残念だが、依然根強い健全さのイメージは誰もが持っているのではないか。イメージというのは思ったより変わりづらいものだのだろう。

 

これからの社会は変化がどれくらいのスピードなのか、大きいのかは予測できない。それを担うのはこれからの子どもと若者である。まだ、具体的にeスポーツが広がりを見せるのかは分からないし、まだ勉強不足な面もあるが、もし熱中している子が目の前にいたのなら自分は応援したい。