不登校を持つ保護者の気持ち

 最近、ひきこもっていた男性の事件がありました。自分はこれまで、多くのひきこもっている若者や不登校の子どもたちにかかわってきたので、このニュースを見たときに「ひきこもりの人」に対して誤解がうまれなければいいなと一番に思いました。

 

 不登校の子は、自分の気持ちを言葉にすることが苦手な子が多いですし、ゆっくり気持ちを話せる人も多くありません。ひきこもりの若者も寂しい気持ちや苦しい気持ち、自分を責める気持ちに押しつぶされないように気持ちを抑え込んでいます。そのため、周囲の人には、不登校やひきこもりの若者が、好きなことだけやっている、自由気ままに過ごしているという誤解が以前多くあるように感じます。

 

 そうした周囲の誤解を受けながら、子どもの苦しんでいる様子を一番身近で見ている保護者は、ある意味子ども以上に辛い毎日を過ごしています。ある保護者がひきこもりの子が事件を起こすたびに周囲の目が厳しくなることを寂しそうに話していました。また、このまま不登校から長期間引きこもり、あのような事件を起こすのではという不安を感じている保護者もいました。

 

 不登校の子やひきこもりの若者に対するいろいろな誤解は、彼らを応援している団体として社会に発信していこうと考えています。 しかし、子どもと周囲の人々の間に立っている保護種のために何が出来るでしょうか。それを昨年度末から考えています。具体的なアドバイスがほしい時もあるでしょうし、対応策について相談したいときもあるでしょう。そして、ただ話を聞いてほしいことや安心情報がほしいこともあります。そして、そのような感情はきっと日常生活を過ごしている中で生まれるから、出来るだけリアルタイムに話を聞くことが出来ればとも考えています。だから、タイムロスはあると思いますが、まずはメール相談からすることにしました。

 

 不登校の子やひきこもっている若者、保護者を応援するために何が出来るのか。それはすぐには思いつくはずもなく、考えても解決策を考えられる自信はありません。だから、いろいろな人の話を聞いて、これからも考え続けたいと思っています。